2009年01月11日

院内地区の史跡案内板の補修完了

湯沢市が合併後の重点施策のひとつで、「院内地区史跡環境整備事業」として実施していた史跡観光案内板や道路案内標識など計29基の補修工事が、事業費485万円をかけて昨年度から今年度の2年がかりで、ようやく完了したことが、最近の秋田魁新報に報道されていました。
院内の史跡観光は、なんと言っても院内銀山史跡に代表されます。
郷土博物館の院内銀山異人館には、慶長11年(1606)越前の浪人村山宗兵衛らによって発見されてから、昭和29年(1954)の閉山までの約350年の歴史を、今に伝える貴重な文献や絵図面をはじめ最盛期の鉱山町の写真や採掘された鉱石などが展示されています。
それらの資料によると、院内銀山が最も栄えた江戸時代後期の天保13年ころ(1842)には、人口が1万5千人を超え(世帯数約4000戸)当時の久保田城下(現秋田市)を凌ぐほどの一大鉱山都市だったと伝えられています。
鉱山町の宿命とはいえ、400年の歳月を経た今では現地に一人の住民も無く、この場所に日本有数の鉱山があったことをしのばせる唯一の建造物が金山神社だけです。
苔むした石段を登り、静けさの漂う境内を訪れると、誰しもが人の世の無常観を感じさせられる場所でもあります。
この貴重な金山神社も、老朽化や雪害により倒壊の瀬戸際になっていましたが、地元の顕彰会が中心になって、広く内外から寄付を募り、また湯沢市をはじめ県からの助成もあり、ようやく昨年の秋に修復されました。
この度、院内銀山を始め、国指定の岩井堂洞窟などの院内地区の史跡観光案内板や標識が整備されたことは、大変喜ばしいことです。
           院内銀山異人館だより (S.S記)

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国道108号の銀山入口に設置の案内標識

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院内銀山入口の史跡案内板
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2008年12月13日

<<ちょっといいお話>>

12月11日(木曜日)

今日、下りの電車で一人の初老の男性が院内駅に降りました。
「もう60年以上も前の古い話ですが、○○さんのうちを訪ねて、東京からきました。」
異人館に立ち寄り、いろいろ聞いた話では、むかし自分が5〜6歳頃、うちが事業をしていて両親が忙しく、一人のお手伝いさんを子守に頼んだそうです。
そのお手伝いさんが、秋田県の院内の人で○○さんという人だということを成人してから親に聞いており、幼心にも親切にされた想い出が心の奥に残っており、いつか再会したいと思っていたそうです。
ようやくこの歳になって、暇もできたので訪ねてきたとの内容でした。
 それらしき名前の家に電話で連絡したら、昔のことを覚えていましたが、その方は横手のほうに嫁いで、今はもう高齢で介護施設に入っているとのことで、会いに行っても本人はもう分からないでしょうとのことでした。
せっかく東京から訪ねて来て残念そうだったが、次の電車まで駅周辺を眺め歩いて、帰っていきました。
初冬の小さな出来事ですが、ちょっといい話だと思いませんか。
                        (S・H記)

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H20.12.13 院内銀山異人館(JR院内駅)

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H20.12.13 院内銀山異人館
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